【ブラジル】グローバルな人材を目指して。(後編)

VOICE (短期プログラム)

【ブラジル】グローバルな人材を目指して。(後編)

― 一番感動したこと、一番悲しかったことは何ですか?

・一番感動したこと

 2つあります。

1つ目は「お別れ会」です。ボランティア最終日、何か子供たちがいつもよりよそよそしいなという印象を受けておりましたが、子供たちから「部屋に来て!」と案内されると、そこには沢山の子供たちが私のお別れ会の準備をしていてくれました。お別れ会では、子供たちからダンスのプレゼントや手紙を沢山もらいました。泣きそうになりましたが、お別れ会の最中に、またいつものように子供同士でケンカが始まったので、仲裁に入り、涙は一気に引けてしまいました(笑)。ボランティアを通じて、子供たちは国籍や住む環境、食べ物は違えど、楽しいと思う気持ち、悲しいと思う気持ちといった根幹は日本の子供たちと変わらないことを実感しました。彼らが幸せな人生を送ってもらえるよう心から願うばかりです。そのために、ボランティアの拠点があり、子供たちの健やかな生活を支えます。このような支援の輪が治安の改善にもなることを実感しました。また、ボランティア先の仲間にも非常に恵まれました。私がポルトガル語をしゃべれないので、仲間がその代わりにいつも笑顔で「goodサイン」や「ハグ」をしてくれました。本当に困った時にはスイス人の女性が同じボランティアとして活動しており、英語もポルトガル語も話せることから、彼女に通訳してもらいました。ボランティア期間中は子供たちやボランティア仲間に簡単な日本語(おはよう・ありがとう・乾杯・じゃあね)を教えました。とても喜んでくれました。

s-イグアスの滝にて2つ目は「イグアスの滝」です。イグアスの滝は世界三大瀑布に指定されるもので、世界遺産です。これは圧巻でした。ポルトアレグレから飛行機で2時間程度で行けます。イグアスの滝は、流れ落ちる水量が半端じゃなく、見渡す限りいくつもの滝が流れ落ちています。また、アルゼンチンとパラグアイの国境に面していることから、言葉はいつしかスペイン語圏に変わっておりました。イグアスの滝のビューポイントは、遠いところから、徐々に近くなるように観光者の歩行ルートが整備されているので、近くなるにつれ、水しぶきを直に浴びるところまで来ます。この感動を家族に伝えたいと、何回も写真撮影をしました(笑)この景色は今まで一度も見たことがない壮観なものですし、一生忘れません。

・一番悲しかったこと

「ファベーラ」の住環境はショックでした。ボランティア活動の一環として、子供たちと一緒にファベーラ地域を散歩しましたが、彼らの家は、周囲はレンガの積み上げ、屋根はトタン屋根という家や、周囲を木で囲い、屋根はトタン屋根という家でして、極めて簡素なつくりでした。また、近くに川が流れていますが、茶色く濁り、川岸はゴミで埋め尽くされているという状況で、日本では考えにくい環境でした。初めは色んな人から、「ファベーラの人たちは治安が良くないから気を付けて!」と注意喚起を受けておりましたが、私の行ったボランティア先は、ボランティア団体とファベーラの人たちとが良好な関係を築いており、皆とても気さくで「goodサイン」や「ハイタッチ」を何度もしておりました。ただし、このような方々が全てではありませんのでご注意下さい。

― トラブルはありましたか?どうやって解決しましたか?

 楽しかったことが大半ですが、注意されたこともあります。私が携帯電話のカメラ機能をつかって子供たちと写真撮影していると、子供たちは興味本位で「私に貸して!」「私にも貸して!」とせがんできました。一人に貸すと色んな子供が押し寄せてきます。すると、ボランティア先の仲間が子供たちに対して「携帯を返しなさい!」と叱りつけました。携帯を取り返して頂くと、「お願いだから携帯は貸さないで」と言われました。この意味は、私が子供たちに携帯を貸してしまうと、他のボランティア仲間の携帯も子供たちに奪われてしまうという感覚があっての注意でした。良かれと思ってやったことが、思わぬところで、他のボランティア仲間に迷惑をかけていたことは、大変申し訳ないと思いました。それからは、携帯に限らず、日本から持ってきた100円均一のおもちゃ等の分配も注意して行うようにしました。

s-ホストファミリーとまた、言葉の壁についてですが、私はポルトガル語を話せませんが、案外言葉の壁というものは感じませんでした。何回も言う通り、「goodサイン」「ハイタッチ」「ハグ」で何とかなったからです。また、ホストファミリーの方は片言ですが日本語もしゃべれるので、より一層言葉の不自由を感じない環境でした。もし日本語が分からなければ、英語でしゃべるといったように、日本語・英語の混合バージョンで普段は話をしておりました(笑)

 ― 現地のICYEスタッフはどんな感じでしたか?

ブラジル滞在中は、ICYEブラジル事務局の方々には大変お世話になりました。ほぼ毎日フォローのメールを頂き、異国の地で生活する上で非常に安心しました。沢山メールを頂いたので、返信が遅れて申し訳なかったなと思うくらいです(笑)。

 ― プログラムに参加する前と後で、自分自身が変わったなと思うところはありますか?

語学学習の必要性を強く感じました。

ブラジル渡航前のブラジルの印象として、失礼かもしれませんが「日本は先進国、ブラジルはこれから経済成長する国」であるという印象を持っておりました。

私は会社の海外派遣制度を利用してブラジルへ行きましたが、ブラジルではスマートフォンの普及率が高く、スマホを持ち歩いてメールや電話している姿は日本のそれとあまり変わらないなという印象を受けました。また、Facebookのアカウント保有率の高いので、帰国した今でも連絡を取り合っています。つまり、スマホがそれだけ世界のコミュニケーションツールを劇的に変えたということです。また、携帯に限らず、家電業界ではLGやサムスン等の韓国メーカの進出が著しく、自動車業界はFIAT、フォルクスワーゲン等の外車が大衆車として沢山走っておりました。日本メーカは少ないですが、PanasonicやHONDAくらいです。このような状況を目の当たりにして、いつしか日本がこのようなグローバル化に乗り遅れてしまうのではという危機感すら感じました。そのため、語学学習を継続してグローバルな人材を目指していきたいと強く感じました。

 ― 日本に戻って来て、“逆カルチャーショック”を感じたところはありますか?

納豆と味噌汁がとても美味しく感じたことです。普段(渡航前)は、通勤前に納豆をかき込んで出社するといったライフスタイルで、あまり納豆の味を感じないままとりあえず食欲を満たすという感覚で朝食を食べておりました。がしかし、帰国後の最初に食べた納豆は納豆醤油のしょっぱさが際立っていて、これが米と絡み合って非常に美味しく感じました。さらに味噌汁によって口の中の米粒を一粒余さず流し込むことで、味噌汁のしょっぱさとコクがあとに残る(笑)。あっという間に完食でした。納豆・味噌汁は最高の朝食ですね。やはり日本人なんだなと思いました(笑)

 ― 最後に一言!

 今回のブラジルでのボランティアは毎日が楽しかったですし、あっという間でした。もっと滞在していたかったです。確かに言葉や文化の違いはありますが、ホストファミリーや、ボランティア先の仲間、ファベーラの子供たちだろうと、スーパーの店員さんであろうと、タクシーの運転手さんであろうと、誰もが同様に明るく接してくれました。これはブラジル人の気質なのかもしれませんが、このような気質が私の現地での不安を和らげてくれたことは事実です。

s-ボランティア拠点の皆さんとボランティア期間中は、子供たちとの心の壁をつくならいように、話すときは子供と同じ目線で、目が合ったら「goodサイン」と「ハイタッチ」を繰り返し、なるべく子供たちに話しかけられやすい雰囲気作りを意識しました。最終的には、私が何もしなくても子供たちから近づいてきてくれました。嬉しかったです。

このように自分の意識次第で、子供たちの動きも変わってくるということを学びました。これから行く人へのメッセージとして、「日本人はシャイだ」と良く言われますが、このようなステレオタイプの日本人像から脱却して、明るく元気に接して欲しいと思います。本当にまた行きたいです!

【参考情報】

実は、私はブラジル渡航前に個人旅行でフィリピンに行ったり、マレーシアに行ったり、中国に行ったり、韓国へ行ったりしていたので、海外で生活することに対する抵抗感はあまり感じておりませんでした。そこで学んだことは、現地到着後困らないように、最低限、現地地図情報(オフラインマップ)のダウンロードや、空港から滞在先までの移動手段、現地SIMカードの情報を「事前に調べておく」ことです(これもオフラインで見れるようにダウンロードしておきました)。これは役立ちました。たとえ道に迷っても、オフラインマップとGPSで自分の位置が分かるというのは、土地勘のない私にとっては安心できる材料でした。

 また、100円均一のおもちゃ等が非常に効果ありでした。私は折り紙、色鉛筆、塗り絵、動物シール、手品グッズ等ありとあらゆるものを購入して渡航しましたが、どれも効果てき面でした。子供たちに大人気でした。強いてあげるならば、もっと沢山の種類の折り紙を勉強しておけばと後悔したくらいです(笑)

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