【トーゴ】 全く知らない土地で自分を試したかった

VOICE (短期プログラム)

【トーゴ】 全く知らない土地で自分を試したかった

辻 旺一郎 さん・大学生  2015年4月~7月/トーゴ派遣 

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― ボランティアをした国と期間を教えてください。また、どこの地域でどんなことをしましたか?

トーゴ共和国、2015年 4/1~7/23、パリメ、AGERTO(ONG)で働きました。

内容はONGの広報活動、プロモーションビデオ創り、ペンキ塗り、看板建て、裁縫など自分がやりたいと思ったことは何でもできます

 

― なぜその国を選びましたか?

ICYEジャパンから一人もトーゴ共和国に行った人がいなかったから。

 

― 実際に行ってみてどうでしたか?

アフリカは危険という固定概念があり、アフリカはどこも危険で、インターネットはもちろん、電気も水道も通ってないと思っていました。ですがトーゴ共和国の特に自分が生活していたパリメは大変安全で、日本よりも安全なんじゃないかと思うほどでした。電気はほぼどの家庭にも通っていて、水道も7~8割の家庭は通っているように思いました。インターネットもネットカフェがあるので活用できます。意外となんでもそろっているなーと感じたのが本音です。

 

― 街の様子はどのように感じましたか?

人はとにかくフレンドリーです。道を歩いていたら、8割方、挨拶をしてくれます。また、大変よく笑います。何がおもしろいのか理解はできませんが、とにかく笑っています。そして、いっぱい怒ります。自分に正直なのだなと感じました。自分の思ったことはすぐ発信する。そんな国民性を感じました。

食べ物は基本おいしいです。フフ(キャッサバ、やむ芋を練ったもの)やアクメ(トウモロコシを粉末にしてお湯を加えたもの)は腹持ちが大変よく、トーゴ人の元気の源なのだなと思います。お米、パン、スパゲッティなども普通に食べられることにびっくりしました。ただ、料理の味は単調で日本料理の素晴らしさを感じたのは本当です。

交通機関についてですが、電車はありません。移動するときは、徒歩かバイクか車です。街中にはたくさんゼミジャ(バイクタクシー)が走っています。地域にもよりますが、パリメは1キロ20円ぐらいです。ヘルメットは6割方かぶっていません。一つのバイクに3人乗りことはたくさんあります。ひどいときは5人乗ることも(笑)車タクシーもあります。4人乗り乗用車に7人乗るのが基本です。1キロ15円ほどです。快適とは言いづらいですがお値段はお手頃です。

 

― 一番感動したこと、一番悲しかったことは何ですか?

s-IMG_1429トーゴ人の好きな所はとにかく挨拶をするところです。ほんとに挨拶します。とってもいいことです。挨拶しなかったら怒られます。日本でも挨拶は大切にされていますがあまり親しくない人には挨拶しませんよね。トーゴは一度しか出会ってない人にも、必ずと言っていい程挨拶します。また、直接の挨拶だけでなく、電話を通しての挨拶もたくさんします。目的が挨拶だけの電話がたくさんあります。この習慣は素晴らしいと思いました。また、分け与える精神も多く持っています。特に食べ物に関しては、誰かがご飯を食べているところに訪ねると必ず、一緒に食べようと言ってくれます。日本にはない、おもてなし精神だと思いました。

トーゴ人の嫌いな所の1番は時間にルーズなところ。ほんとに嫌です。待ち合わせに時間通りに来たことはないし、政府が援助している講演会も3時間遅れのスタートです。直してください。またトーゴ大統領選挙の時に大統領候補のフォール・ニャシンベが大々的に食べ物、服、布、帽子、などを国民に配っていたのを見た時は悲しくなりました。そしてそれを国民が喜んで貰い、のちに彼に投票しているのを見た時はもっと悲しくなりました。

 

― トラブルはありましたか?どうやって解決しましたか?

たいしたトラブルはなかったですが、しいていえばトーゴ人の友達にお金を貸したら返ってこなかったということです。トーゴ人にお金を貸したら、返ってくるのか返ってこないのかという好奇心があって、10000fc(日本円で2100円くらい)貸しました。2か月の間音沙汰がなく、2か月後に彼を見つけて、お金を返すように言いましたがお金がないと言いはられました。その後パリメを経つまでの1週間、毎日催促しましたが、結局返ってきませんでした。

 

― 現地のICYEスタッフはどんな感じでしたか?

優しいです。スタッフもアフリカンタイム(時間に大変ルーズ)ですが、それを除けば、問題ないです。

 

― プログラムに参加する前と後で、自分自身が変わったなと思うところはありますか?

髪の毛が短くなった。少しやせた。潔癖症かぶれだったのですがあまり気にしなくなった。フランス語が日常会話程度まで理解できて話せるようになった。性格、考え方などについては自分では分からないので、今後、家族、友達と接する上で徐々にわかっていくのだろうと思います。

 

― 最後に一言!

僕がなぜトーゴという、知っている人が一人もいない、日本語がない場所を選んだかというと、日本語以外ろくに話せない自分が、全く言語が違うところで、知り合いが一人もいない場所で、生活することができるのか試したかったからです。また、日本を離れることによって、日本の良さ、家族のありがたみ、友達の大切さを確認できたらと思っていました。

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結果、自分自身、生活することができたと思います。はじめは本当に0からのスタートでした。トーゴの公用語はフランス語です。僕がトーゴに降りたった時、聞こえてくる言語はフランス語だと思っていました。ですが1週間語、それはエウェ語だということに気づきました。何語を話しているのかさえ分からない状況から、自分の思いを伝えることができるようになりました。

そして4カ月の間、一度も日本語で会話をしませんでした。一度も日本人に会いませんでした。こんなことは日本語を覚えてからはじめての経験で、大変辛いものがありましたが、そのおかげで日本語の良さ、日本人の良さをしっかり確認できました。日本語力が低下したのは否めませんが…(笑)

このプログラムに参加することは自分にとって勇気のいることでしたが、やるならとことん自分をいじめたいと思いながら踏み出しました。(決してマゾヒストではないですよ 笑) そのおかげで、自分にかえってきたものも大きかったです。一種のギャンブルのような。(賭けたものが大きければ、勝ったときにそれ相応のものが返ってくる) このたとえはあまり素晴らしいものではないですが…、

大きく勝負に出たことは楽しかったです!

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