【メキシコ】二十歳の誕生日の決心

VOICE (短期プログラム)

【メキシコ】二十歳の誕生日の決心

希望 さん  大学生   2015年2月  メキシコ派遣

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― ボランティアをした国と期間を教えてください。また、どこの地域でどんなことをしましたか?

メキシコ2週間

メキシコシティから車で2時間の街プエブラで孤児院の子たちのお世話。

 

― なぜその国を選びましたか?

第二外国語でスペイン語を受講していたこと、メキシコ料理が好きだったため。

 

― 実際に行ってみてどうでしたか?

性格も個々人で違ったが、日本に比べ陽気な人が多かった。

街でも英語が通じる人が少ない。

 

― 街の様子はどのように感じましたか?

世界遺産に登録されているプエブラ歴史地区はコロニアルな街並みでとても美しかった。しかし、少し外れると、道路に穴が空いていたり、良い環境とは言えない。

 

人は気さくな人が多く、どこに行っても快く迎え入れてくれた。親日的な人が多く、日本にとても関心を持っている人が多い。

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もともとサルサなどが好きだったためか、なんでもおいしく感じた。しかし、ケーキは甘すぎて食べられるものじゃないと思った。トルティーヤが日本でいう白米のように食卓に並んでいるのに驚いた。

 

タクシー、バス、メトロはトラブルなく利用できた。バスの中でギターを弾く人などをみて、そういうのが許される国なのだなぁと思った。運転はとにかく雑で、空いていると一般道でもタクシーが100キロ近く出すので、スリル満点だった。

 

― 一番感動したこと、一番悲しかったことは何ですか?

明日プエブラを離れるという日は忘れられない。子供たちからプレゼントをもらったり、仲良くなった人が素敵なところをいっぱい連れて行ってくれた。

悲しかったことは、知らないうちに5歳の子を怒らせてしまったこと。言葉が通じないため、なんで怒っているのかさっぱり分らなかった。結局和解(?)したのだけれど、こんなに言葉が通じないのがもどかしいと感じたのはない。

 

― トラブルはありましたか?どうやって解決しましたか?

ちょこちょこ問題は起きたけど、大きなトラブルはなかった。いずれも、人に聞けば解決できた。s-image (1)

 

― 現地のICYEスタッフはどんな感じでしたか?

私の英語力に問題があったのか連絡が届いてなかった等あったが、とても親切で優しかった。

 

― プログラムに参加する前と後で、自分自身が変わったなと思うところはありますか?

プログラム終了後は、もっともっといろんな人たちと関わって、様々なことを知りたいと思った。

 

― 日本に戻って来て、“逆カルチャーショック”を感じたところはありますか?

ちょっとの滞在だったので、カルチャーショックとまではいかないが、日本はちょっとギスギスしているなと思った。

 

― 最後に一言!

s-image大学に進学し、明確な目標のないまま過ぎる現状に不満を持っていた。なにか転機になることはないか、それなら日本で養われた常識を覆そう、ボランティアなら人の役にも立てるし一石二鳥だと、二十歳の誕生日にかねてから行きたかったメキシコに行くことを決めた。1人だと五感全てからその土地の事が感じられ、とてもよかった。1人でメキシコに行くなんてどうかしているなど言われていたが、すごく楽しい街だよ!と自信をもって伝えたい。真実を知らず、偏ったメディアの情報に流されて物事を決めつけるのがなんてもったいない事だろうと思った。

 

様々な環境で育ち、様々な価値観を持った人と触れ合うことで、常識って何なのか疑問に思った。人を愛すること、楽しむこと、認め合うこと、多様性、自分の無力さ、私が想像していた以上のことを学んだ。

 

帰国後、一つはっきりとした目標ができた。そのために、残りの大学生活、意思をもって過ごしたいと思う。

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