チーズ嫌いがイタリアで奮闘

VOICE (短期プログラム)

チーズ嫌いがイタリアで奮闘

MAIさん 社会人 2014年8月~10月 イタリア派遣 

「いま思い返してもまるで夢だったかのような、でもこれまで過ごしたどんな2か月よりも濃い、たしかに自分の一部となった2か月でした」

 私は北イタリアのClesという山に囲まれた小さな町にある協同組合(日本でいう生活支援、就労支援事業所のようなところ)で2か月間、ボランティアスタッフをさせていただきました。チーズ嫌いなこともあり、ついこの間まではイタリアなんて一生行くことはないと思っていましたが、とある映画に大変衝撃を受け、それがきっかけとなってイタリアの福祉に興味を持ち、ぜひこの目で見てみたい!とこのプログラムに申し込みました。インターネットでICYEジャパンの存在を知ってからプログラムが終わるまで、葛藤あり喜びあり、本当にジェットコースターのようでした。

◆到着から活動開始まで

8月の終わり、ロミオとジュリエットの舞台となったベローナの空港に降り立ち、そこからバスで40分、現地スタッフの方との待ち合わせ場所であるトレント駅に着きました。もう夕方になっていましたが、ずいぶん暖かく感じたのを覚えています。空港についたら携帯電話で連絡することになっていましたが、まさかの電波がつかえず、公衆電話も使い方が違うのか通じずという、のっけから試練にぶつかりました。それまで英語圏での短期滞在や旅行はしていましたし、イタリアでも簡単な英語なら通じるだろうと高をくくっていましたがそれは甘い考えでした。まったくイタリア語が話せず英語で話しかけても伝えたいことを理解してもらえず、時間が刻々と過ぎる中焦る気持ちだけが大きくなっていきました。

どれくらい時間が経ったでしょうか。幸運なことに携帯電話を貸してくださる女性に出会え、イタリア語での通訳もして頂き、なんとか現地スタッフの方と会うことができました。もう辺りはすっかり暗くなっていました。その時は、待ちに待ったプログラムが始まるワクワクよりもとりあえず会えた安堵感で一杯でした。

vene1そんな中、翌日からさっそく活動は始まりました。イタリア語がまったくできない私は、旅行者向けの指さし会話帳を肌身は出さず持ち歩いていました。貴重な2か月間、とにかく縮こまるのだけはやめよう、毎日下手でも話しかけようということだけは決めていました。始めのうちは、スタッフというよりもまるで施設のメンバーの一員かのように楽しんでいました。スタッフの方はじめ、障害をもつメンバーの方々も下手な私のイタリア語に優しく付き合ってくださり、受け入れてくださいました。初日にあるスタッフの方に言われた、「ここはあなたの家だから、家のようにくつろいでね」という言葉がいまも忘れられません。この言葉のおかげでかなり勇気づけられましたし、リラックスすることができました。

もちろん、中には気分障害や対面のコミュニケーションが苦手な方もいて、話しかけても無視されたりすることもありましたが、日本で臨床経験があったこともあり、それがその人らしさなのだと気になりませんでした。また、それを長い目でつかず離れずの距離で見守る周囲の環境も、そういったことを気にさせなくする要因のひとつになっていました。

◆仲間

コミュニケーションでいえば、現地の方よりもむしろ同じ国際ボランティアできていたドイツ人の女の子との関係のほうが苦労したかもしれません。私があまりにこのプログラムに気持ちをかけていたせいもありますが、まだ高校を卒業したばかりというその子は、あきらかに知的・身体・精神障害者の方の沢山いる施設に戸惑っていました。本当なら現地スタッフの方が私にそうしてくれたように、私も不十分でもいいから優しく色々なことを助けてあげるべきだったのですが、自分のことに精いっぱいで始めはあまり気遣うことができませんでした。できるだけ当事者と関わって学びたい、でもこの子のことも助けてあげないといけない、というジレンマも正直ありました。今思えば自分のことを最優先しすぎていたと思います。でも、2か月のプログラムの中で、その女の子との関係を築いていく中でも沢山のことを学びました。

最後には、一緒にご飯に行ったりハロウィンのカボチャを一緒に作ったりととても仲良くなりました。今もメールでやりとりをしています。はじめうまくいかなくても、歩み寄りたいという気持ちを持ち続けること、素直に謝ることや誤解を解くためにこちらの気持ちを伝えることを恐れないことが本当に大切だと感じました。

◆挑戦

ligはじめの1か月は本当にあっという間に過ぎていきました。毎日が新鮮で楽しくて、言葉の壁はありましたがその大変さが吹き飛ぶくらい、積極的に動いたら動いた分だけ得るものがありました。私は諸事情で家に家族と住むことが難しいメンバーの方が暮らす家のすぐ隣に住んでいたので、まさに朝から晩までその施設に入り浸っていました。

2か月目からは、このままお客さんのように楽しんでいるばかりでいいのかと思うようになり、自分がどう振る舞うか、何ができるかを考えるようになりました。そうすると、やはり言葉の壁が大きく立ちはだかりました。ドイツ人の彼女やスタッフの方に1から教えてもらいながら、できることをとにかく必死にやっていました。日本では資格を持ち、仕事も当たり前にできていたことが、異国でボランティアとして一からやっていくのは言葉に現す以上に複雑で、難しいことだと実感しました。

そんなこんなで2か月があっという間に過ぎ、最後はみんなで記念写真をとりました。最終日、みんなからもらったサイン色紙とイラストは一生の宝物です。

◆イタリア人とは?

イタリア人は楽観的で軽い、というイメージが日本にはありますが、いま私は違うと感じています。日本の北と南とで人柄が違うのと同じように、イタリアでも南イタリア人は本当に陽気で楽しいキャラクターの人が多いのだそうです。北にもフレンドリーな方は沢山いました。一見軽そうに見える人柄は、相手を思いやる心や目の前の人に興味をもとうという気持ちの表れだと思っています。イタリアはファッション、音楽、絵画と様々な芸術が育った国ですが、いかに豊かに人生を送るか、ということが大切にされているからこそなんだということを実感しました。

◆これから行く人へのメッセージ

イタリアにいる間、人の幸せだけでなく、自分がよく生きるにはということについても沢山気づかされ、考えさせられました。

もしいま迷っている方がいたら、私はその肩を思いきり押したいです。やりたいときがやるとき、やれる環境があるなら是非やるべきです。若いときの苦労は買ってでもせよといいますが、苦労だけでなく、それと同じくらいのかけがえのない喜びがきっと待っています。そして、あのとき、あそこに飛び込んだんだ、ということがこれからの人生を支えるひとつの柱になると思います。

(※写真はすべてイタリア政府観光局サイトから使用しました。事務局)

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