一言日記 / ガーナに滞在して

VOICE (短期プログラム)

一言日記 / ガーナに滞在して

ケイゴさん 大学生 2014年8月 ガーナ派遣

≪8月14日≫

ほぼ時間通りに到着。ガーナで初めて会った空港職員にいきなりお金を出せと脅され、驚いたと同時に、改めて気を引き締めた。空港での迎えはあったが、ICYEのスタッフではなく、活動先の方が待っていたため、お互い信頼し合うまでが大変だった。

この日は、ベゴロまで行くのは大変だろうということになり、空港から2時間ほどにあるコフォルディアへ。この町にあるNBIの施設代表のAlexの家に泊まることに。初めてガーナで食べた食べ物はチキンライス。夜に、コフォルディアの町中へ。中国人に間違われ殴りかかられそうになりとても怖い思いをした。Alexの友達と一緒にビールを飲み、ガーナ滞在1日目を無事終えた。

ガーナ①≪8月15日≫

午前中に、トロトロに乗りベゴロへ移動。子どもたちにも、スタッフの方にも歓迎して頂いた。オリエンテーションをやると言われていたのだが、結局そのようなものはなく初日からパワー全開で子どもたちと一緒に遊ぶ。けん玉や折り紙など、日本から持ち込んだもので遊んだり、サッカーをしたりと初日からとても楽しく過ごせた。ただ、食事がなかなか口に合わずに大変だった。

ガーナ②≪8月16日≫

午前中に、子どもたちと一緒に水くみや掃除、洗濯などを行った。夕方、スウェーデンから3人、フランスから1人ボランティアを行っている女性の方々がやってきて、一気に活気付いた。多くの国の方と交流できて、非常に楽しい。

ガーナ③≪8月17日≫

日曜日ということもあり、大学内にある教会へ。日本では感じられないような、非常にエネルギッシュな雰囲気で驚いた。この日からJOIN HANDS PROJECTの手紙を開始。子どもたちも喜んでくれて嬉しかった。夜中まで一緒にダンスをしたり、歌を歌ったり、インターネットがない生活を満喫。

 

ガーナ④【8月18日】

子どもたちの蚊帳の洗濯が終わったので、みんなでベッド作り。少しお金の件でもめたが、毎日充実。やはり水道がないため、衛生環境の改善や衛生に関する教育が必要だと日々感じる。この日も手紙をみんなで読む。

≪8月19日≫

朝から施設の草むしり。ガーナの8月は雨期のため毎日少し雨が降っていたが、この日はお昼頃から土砂降り。そんな中でも子どもたちは楽しく遊ぶ。UNOを知っていたので、それを使った。私自身UNOをやるのはとても久しぶり。

ガーナ⑥≪8月20日≫

初めてベゴロの町中へ。日本の店とは違い、とてもオープンでフレンドリーな感じ。とてもエネルギッシュで楽しい。初めて見る食材が多い。日用品のほとんどはmade in China。中国の勢いを感じることができる。

 

ガーナ⑦≪8月21日≫

この日は、この施設を支援している日本の団体からAmiがやってきた。滞在していた時期だけで、スウェーデンから3人、フランスから1人、日本から2人と非常にグローバルな環境だった。多くのことを話しながら、ボランティアできたことは非常に良い経験だ。

 

≪8月22日≫

この日の夕飯はご馳走することに。町へ出かけてお肉や米をたくさん買う。みんなで料理。子どもたちはお米が大好物。子どもたちの笑顔を見れて嬉しかった。

≪8月23日≫

今日のご飯のお肉は、いつも施設内を走り回っている鶏。生きているところから鶏を調理するのを見て、驚きを隠せない。今の日本では見ることもできないし、自分自身経験もしたことがなかったので改めて他の生き物の命を頂いて私たちは生きているのだということを実感。食べられることに感謝。

ガーナ⑩≪8月24日≫

この日は、料理をする時に使う木材を買いに子どもたちに付き添う。重い木材を一緒に運ばせてもらった。とても大変だった。それを子どもたちは慣れた手つきで行っている。この施設の子どもは勉強をしながらお手伝いをしているが、他の地域の子どもはもしかしたらこのような仕事しかしてないのかもしれない。1つ1つのことでも多くのことを考えさせられる。

≪8月25日≫

ガーナ⑪施設の代表Alexの父がカカオ農園を経営しているため見学させてもらうことに。テレビでしか見たことがなかったカカオ農園を目の当たりにし、大興奮。日本のチョコレートがここから来ているの・・感激した。

≪8月26日≫

この日は多くの時間を頂きJOIN HANDS PROJECTを実施。日本の子どもたちへのメッセージをみんなで一生懸命書いていた。このような形で日本の子どもと、ガーナの子どもが繋がっていってくれるととても嬉しい。絵本も大喜び。

ガーナ⑫≪8月27日・28日≫

27日で施設でのボランティア活動は終了。2週間本当にあっという間だった。別れがつらい・・・。28日、ガーナ滞在最終日。ついつ別れの挨拶でぐだぐだしてしまい、飛行機出発時間ギリギリにとび乗る状況に。出発5分前に飛行機に乗るぐらいギリギリ。最後はバタバタしたが、本当に2週間充実していた。

【プログラムに参加した背景】

「JOIN HANDS PROJECT」とは、私が大学1年生の時に始めたボランティア活動だ。子どもたちに普段の学校生活ではなかなか経験することのできない体験を提供し、自分自身の夢や目標、生き方について考えるプロジェクトである。高校3年生の時に感じたある疑問が、大学入学後、問題意識に変わり、私はこのプロジェクトを実施しようと決意した。

 「なぜ、偏差値で学校を決める人がこんなにも多いのだろうか。」

 確かに偏差値で決めることがすべて悪いとは言わない。しかし、自分の夢や目標もなく、ただ偏差値の高い大学に行くというのはどうなのだろうか。偏差値の高い大学に行けば、「周りの評価が上がる」や「給料の良い会社に入りやすい」からだという人が多かった。

 「大学は、高い学費を払う代わりに、夢や目標に向かい、必要になる専門知識を学ぶ場じゃないのか・・・」

私は違和感を覚えた。偏差値で経営学部がある大学を選ぼうとは思わなかった。「自分自身を高められ、夢に向かい様々な知識や知恵を教えて下さる教授のもとで学びたい。」私の大学選びの軸は「教授」であった。「教授」という軸に絞っていたのは、友人の一人が音楽大学に進学することを目指していた姿を見ていたからである。音楽大学は大学の知名度や偏差値より、自分が教わりたい先生がいる大学に進学することが当たり前だという。先生といっても、普段はプロのオーケストラなどで活躍している音楽家ばかりだ。音楽家はそれぞれキャラクターや感性が全く違うため、同じ分野を教えている教授でも内容は180度違うこともあるそうだ。

「これって音大だけじゃなくて、すべての大学に当てはまるのではないのか・・・」

高校の時に感じた「偏差値」に対する疑問は、大学入学後に問題意識へと変わっていき、これは個人の問題ではなく、日本の教育に何か問題があるのではないかと考え始めた。冷静に自分の過去を振り返ってみた。すると、あることに気が付いた。国語や英語、数学などの勉強はたくさんしてきたが、自分の夢や目標、将来について考える授業がどれ程あっただろうか。学校ごとに差はあるかもしれないが、明らかに日本の教育は「受験勉強中心」だ。どこの学校も、「難関校○名合格」と学校パンフレットに掲載し、授業は受験でいかに高い点を取ることができるかに執着している。「夢や目標、生き方を考える教育(キャリア教育)」をもっと行うべきではないか。何のために受験勉強をしなければならないのか、その後どのような人生を歩むのかをもっと伝える場があってもいいのではないだろうか。

 大学1年生の夏、私はこの想いを実現するために、あるビジネスプランを考え始めた。「夢や目標、生き方を考える教育」を行うものだ。「夢や目標、生き方を考える教育」には、縦の関係である「親、先生」、横の関係である「友達」に加え、地域の方々や大学生などの「ナナメの関係」が非常に大切だと考えていた。

実は、私は友人と国際協力の分野でボランティア団体を立ち上げ、一緒に活動しようと私の大学入学直後から動いていた。私たちが実施しようとしていたことは、「つながる支援」である。発展途上国に物資を送るだけで終わってしまうのではなく、その物資を誰が、いつ、どこで、どのように使っているのかを追いかけ、物資を送った側と受け取った側を手紙や写真を使い、「つなげよう」というものだ。

このボランティア団体で行おうとしていたプランを小学生に実施すると面白いのではないかと考えていた。「発展途上国は小学生にとって馴染みのない国々。発展途上国について学習しながら、現地の子どもたちと手紙や写真を使い交流し、子どもたちに視野を広げることの楽しさを理解してもらう、夢や目標、生き方を考える教育」を提供する活動に方向展開した。「つながる」ことを大切にする活動にしよう、と考え「JOIN HANDS PROJECT」と名付けた。国の選定は、小学生にいきなり聞いたことのないような国について授業を行うより、聞き覚えのある国の方が興味を持ちやすいのではないかと考え、チョコレートのカカオで有名な「ガーナ」を選んだ。

JOIN HANDS PROJECTは大きく「事前学習」、「現地活動」、「事後学習」の3つの活動に分かれていた。

「事前学習」では、発展途上国はどのような国なのか、日本とどのような違いがあるのかを考える授業を行い、現地の子どもたちと交流するための手紙やプロフィールシートをそれぞれ小学生に書いてもらった。また、「支援」という観点から、小学生は家にあるもう読んでいない絵本を集めた。

「現地活動」では、私がガーナへ渡航し、ガーナの施設でボランティア活動をしながら、日本の子どもたちが書いた手紙やプロフィールシート、そして集めた絵本を現地の子どもたちに直接届け、日本の子どもたちへの返事を書いてもらった。

「事後学習」では、ガーナでの様子を伝え、視野を広げることの素晴らしさについて授業を行い、最後に夢や目標、生き方について考える学習を実施した。

実際のボランティア活動は、子どもたちと一緒に遊ぶことがほとんどの割合を占めていた。活動地域には水道やガスは存在しない。水は雨水を使っていた。一応電気は通っていたが、雨が降ったら停電、復旧までに半日以上かかっていた。私が生きてきた19年間の日本では考えられない環境だ。ガーナの生活についてある程度、知識は入れていったつもりでいたが、やはり五感を使い、体感してみることの重要性に気付かされた。日本にいては気付けないことだらけであった。

特に感じたことは、予想以上に衛生管理ができていなかったところだ。ちょうど私が渡航した時期は、西アフリカでエボラ出血熱が大流行していたこともあり、インフラ設備や衛生教育が必要であることを強く感じた。インフラ整備をすぐに行えれば理想的だが、なかなか難しい。やはり、まずは「教育」からだ。「食事の前は手を洗う」、「おしっこはトイレでする」といったようなことを行う大切さを現地の人に教えなければ、いくら水道や綺麗なトイレが設備されたとしても意味がない。日本でもガーナでも、先進国でも発展途上国でも、関係なく、人間にとって「教育」がどれ程大切か再認識した。

今回、JOIN HANDS PROJECTの「現地活動」がガーナの子どもたちや現地スタッフに受け入れてもらえるかという不安もあった。「手紙を持ってくるなら、食べ物やお金をくれ」などと言われたらどうしようかとガーナに到着してからもその不安は消せなかった。しかし、ガーナの子どもたちの手紙を読んでいる時の笑顔、絵本を受け取った時の生き生きとした顔を見て、不安は私の心からなくなった。

教育はすぐに結果が出るわけではない。今回のJOIN HANDS PROJECTの学習も、すぐに忘れてしまう人もいれば、ずっと覚えていてくれる人もいるだろう。本当の結果が出るのは、彼らが夢や目標を持ち、進路を決める時だと思っている。すぐに結果が出ないのは、確かに辛いところではあるが、それが教育の醍醐味だ。また、1人でも多くの子どもたちの心に残るような質の高い授業を提供しなければならないと反省し、現在、改善に努めている。

 

 

 

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