ICYEの醍醐味!長期だからこそ
自由×責任
僕が派遣されたウガンダには、15名の派遣生が来ていましたが、多くはヨーロッパからの派遣生でした。僕たちは「ICYEのプログラムはまるで、オーダーメイドのパックツアーのよう」とよく笑っていました。なぜなら、1年間のプログラムは決められているものの、私たちにはかなり幅広い選択肢があり、ときには選択肢以外のことも自分たちでアレンジしたりすることができました。たとえば、学校で先生の助手をしていた僕が「日本語を教えたい」や「算数はこんな教え方があるんだけど・・」などの提案を言うことが常に許されていました。現地の人はいつも「いい案だと思うわ。だから、自分でカタチにしてみなさい」と言いました。正しいか間違いかの判断をすることはめったになく、授業内でいろいろな挑戦をすることを先生方もこどもたちも喜んでくれました。もちろん、企画の段階で挫折してしまったり、実行してみて大失敗することもありました。そこで初めて自由の中で選択し、実行し、責任を負うことの重要さを感じたものした。一方で、みんな笑って許してくれたり、時にはお酒を飲まされたりすれば許されることもありました。お金をもらう立場でないからこそある自由と、自分で決めたことを、自分でやり遂げるという責任。もちろん、それがわずらわしくおもったこともあります。もし、すべてがパックツアーであったら、選択肢を増やす必要もないし責任を負う必要もなかったのですから。でも、帰ってきて思ったことは、成長するためにはある程度の自由が必要なのだということでした。1年間で、僕は「失敗して学ぶ」ということを身をもって知りました。日本では、失敗が許されないと思っていえなかったことやできなかったことに挑戦したから。自由と責任を自分の力でコントロールできるICYEプログラムだからこそ、実現できたものだと思います。逆のことを言えば、自分の意思がまったくない人や「○○がしたい!」「○○をやってみたい!」と思うことがない人は、普通の旅行や留学で十分だと思います。(ウガンダ1年間・20代・男性)


信頼×刺激
ICYEの醍醐味のひとつとして、各国から派遣生が集まるという要素があります。世界のどこに行っても、これほど濃密でしかも多種多様な人間がそろったプログラムはないのではないかと思います。刺激的な1年でした。帰国から20年が経ちますが、今でも当時同期だった派遣生とはお互いの国を訪問しあったり、メールや電話などで連絡を取り合っています。そのような信頼関係ができたのも1年という長い間、出身は違っても同じような状況で困難に立ち向かい、共に成長していったからだと思います。起こる事柄の内容は違っていても、異文化へ溶け込んでいくことの難しさと、覆されていくこれまでの常識とが交じり合って、似たような刺激を受けての成長だったのかもしれません。また、日本人だけであれば、遠慮や建前に邪魔されて感じられなかったかもしれない愛情表現や、スキンシップも多く経験しました。現地には日本人はひとりですが、各国から数人が集まっていたので心強かったのも事実です。同じ立場の派遣生が世界から集まり、長期間の異文化生活をするということは想像以上に刺激的でハードで、そしてかけがえのないものでした。今でも、あのとき感じた想いや信頼関係は心に暖かく残っています。(フィンランド・30代・男性)

絆×平和
ICYEの活動は、平和を目標にしています。そこで、「海外ボランティア=現地を平和に」というイメージを持つ人が多いかもしれません。私自身も、派遣された国メキシコで何かできることがあるのではないかと考えていました。しかし、メキシコの平和に携わったり、メキシコで平和に導く活動に直接的に関わることはそんなたやすいことではありません。たった1年ボランティアをしたからといって、この国が平和になることはないな、と私は早くから感じていました。でも、それはあきらめではなくて別の道を探すための発想転換でありました。というのも、理想を追求していただけなのかもしれないということに気づいた気がしたからです。自分にできることで、平和とかかわりがあることってなんだろう?ともっと現実的な視点から考えるようになりました。ICYEのプログラムで1年間過ごす仲間全員がこれまでに出会ったことのない人たちです。特に、メキシコには大勢のICEY派遣生がヨーロッパから来ていました。また、メキシコ人の中にも移民がいました。それぞれがストーリーを持ち、自分の国や家族、恋人について熱く語ります。年間で出会う人との絆は、そういったストーリーの共有がもたらすものでした。絆は心に残ります。色んな国のストーリーが、私の心に残ります。その結果、今までまったく興味の持てなかった国や、場所も知らなかった国を大好きになりました。私にとっての平和は、その絆がもたらす「想い」でした。今まで気にかけなかった国のことや、今まで考えもしなかった小国の田舎のことを、今では新聞でくまなく探したりしてしまいます。絆ができた仲間たちを取り巻く大切な人とそれにまつわるストーリーを聞いたからです。視点を変えてみれば、平和は意外と近くにありました。(メキシコ・20代・女性)

希少×単独
コスタリカに長期で滞在する方法は、なかなかありません。ボリビアやメキシコもそうかもしれませんが、私はコスタリカに憧れを抱いていました。でも、観光で行けるほど近い国ではないし、政府系のボランティアで行くほどの情熱もなかった私は結局何も行動に移さないままでした。社会人2年目も終わる頃「このままでいいのだろうか」という漠然とした不安に陥りました。受験戦争で泣く泣く第2希望に行く友人を慰めたり、内定がもらえず落ち込む友人を励ましたりして、私はいつもレールの上で安定した生活をしてきた気がしたからです。なんとなしに、ネットを調べて見つけたのがICYEジャパンの長期プログラムでした。「1年間、世界のどこかでボランティア」というHPのタイトルと、一緒にあった写真を今でも覚えています。ボランティアという言葉自体は、ありふれているけれど、中身にはそれ以上のものを感じたのかもしれません。しかも、コスタリカに長期で滞在できるプログラムは他に探してもありませんでした。そんなわけで、私は浮き足だって派遣を決めたわけです。現地では、日本人が1人でした。でも、それは私にとってよかったと今では思います。頼る相手がいるということは、自立する力を弱めてしまうからです。と今では思いますが、実際は寂しかったことも事実。成長する力がある人にとっては、このプログラムは素敵です。しかも、長期で滞在する方法があまりない国ばかりです。希少価値の国々と日本人単独というタフさが、ICYEのプログラムの特徴なのかもしれません。(コスタリカ・20代・女性)














