【帰国報告フィンランド】

【帰国報告フィンランド】

北九州立大学 4年生

保育園 1年間

「私はフィンランドに1年間行っていました!」

1. 派遣された国と期間を教えてください。

フィンランドに1年間行っていました。

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2. 出発前の職業は?また、なぜその国を選んだのですか?

大学4年生でした。高校生の時にフィンランドについての本を読んだことをきっかけにフィンランドに興味を持ち、いつかフィンランドに住みたいと思っていたからです。また、福祉国家ということでフィンランドの人々がどのような暮らし方をしているか気になったためです。

 

 

3. 実際に行ってみてどうでしたか?

森や湖などの自然と密接して、夏にはベリーを秋にはキノコを採るという暮らしが私は好きだなと改めて思いました。みんなゆとりがあって、人も多すぎず物も多すぎず「ちょうどいい」生活だなと思いました。子どもが遊べる公園が多くて子どもがよく遊んでいるのを目にしたのでそういう所も福祉が行き届いているなと感じました。10月ぐらいから日照時間が短くなる極夜は、身体がだるくなったりずっと眠かったりして大変でした。太陽の大切さがよく分かりました。

 

 

4. 滞在形態はどんなでしたか。

2つのホストファミリーに半年ずつお世話になりました。1つめのお家はホストママ・ホストパパ・ホストブラザー(12才)・ホストシスター(11才)で、2つめのお家はホストママ・ホストパパ・ホストブラザー(7才・5才)・ホストシスター(3才)でした。1つめのお家では前に留学生を受け入れていたこともあり、ちょうど良い関わり方をしてくれました。2つめのお家は初めての受け入れだったそうですが、家族のように接してくれて楽しく過ごすことが出来ました。

 

5. ボランティア活動内容はどんなことでしたか。

コトカという市の英語教育をしている保育園で先生の補助として働いていました。仕事内容は子どもたちと遊んだり、ご飯の準備をしたり、着替えを手伝ったり、掃除をしたりしていました。子どもたちが英語を話すきっかけをつくるというのが私の役目だと思ったので、子どもたちと接するときはなるべく英語を使うように心がけましたが、英語だけでは中々意思疎通が出来ない子もいたのでその時はフィンランド語で話すなど英語とフィンランド語を使い分けていました。保育園は私立の保育園で50人弱の園児と6人の先生がいました。キッチンも保育園内にあり、キッチンスタッフが毎日ご飯を作ってくれていました。

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6. 基本的なスケジュールを教えてください(1週間&1日)

 

<1週間>

保育園 保育園 保育園 保育園 保育園 休み 休み

 

<1日>

7時 8時 9時 10時 11時半 12時半 13時
起床

朝食

移動(バスか自転車)

子どもの朝ご飯の用意 英語で朝の会 外遊び

掃除

昼食(子どもたちと同じご飯) 休憩 子どもたちのお昼寝付き添い
14時 15時 17時 18時 20時 21時 23時
おやつ

掃除

帰宅 夕食(自分でも作ったりした) 部屋でまったり 夜食 テレビ鑑賞など 就寝

 

 

7. 一番良かったこと、感動したことはなんですか。日本に取り入れたい習慣なども、あれば教えてください。

子どもたちとのお別れがちょうど夏休み休暇の時期で、子どもによって最後の日が違ったので全員に折り紙でメダルを作り一人ひとり渡しました。子どもによって反応は様々で、最後だけど恥ずかしがって中々ハグしてくれない子やメダルを渡した後に絵を描い

 

て渡してくれる子、忍者の折り紙でメダルを作ったら飛び跳ねて喜んでくれた子がいました。メダルを帰り際に子どもたちに渡したので親御さんも今までありがとう、元気でね、など声をかけてくれて各家族とお話をすることが出来て良かったなと思いました。

保育園の送り迎えの時の親と子どものやりとりが日本とは違うなと感じました。親が子

どもにキスやハグをしたり、高い割合でお父さんが送り迎えをしたり、見ているだけでも子どもへの愛情が伝わってきました。他の人にも分かるくらい愛情表現をするというのは日本では中々無いと思うのですが、日本もそういう風になったらいいなと思います。

そういえばフィンランドでは送迎バスが無く、車で保育園に送り迎えに来るのが主流なのも日本と違うところだなと気づきました。

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8. 一番大変だったこと、悲しかったことはなんですか。恋しくなった日本のものなどもあれば教えてください。

子どもを教育するということがすごく大変でした。私は保育の勉強などしたことが無くて、子どもを育てたことも無いので専門知識がありませんでした。ボランティアといってもただ子どもたちを見ているだけではなく、悪いことをしたら何が悪いか教えなくてはいけないし、良いことをしたら褒めてあげるということをしなくてはなりません。そ

れを母国語じゃない言葉で伝えること、そして自分がしている行動が正しいことなのかずっと不安でした。上手く伝わらない時に自分が教える立場に立っていいのだろうか悩むときもありました。そんな時は他の先生にこれでいいのか、どう言えば子ども達に伝わるかを聞いてアドバイスをもらいました。あなたのお陰で助かっているし、子どもたちもあなたの言っていること分かっているよと言われたときはここで自分がボランティアしていることが少しでも意味のあることなんだなと思って救われました。

 

主に日本食が恋しくなりました。酸っぱい物(梅干しとか)やしょっぱいもの(お煎餅とか)が欲しくなって途中で親に送ってもらいました。食べものは絶対多めに持って行くか送ってもらって、日本が恋しくなったときに食べるといいと思いました。

 

 

9. 得たと思うものはなんですか。ありったけ答えてください。

子どもへの教育のより強い関心、ジェンダーや家族についての興味です。仕事の後は空いている時間が沢山あったので様々なことを調べていました。自分が育ってきた環境とフィンランドでの環境で似ているところや違うところがあるのはなぜだろうと気になり、インターネットで情報を集めました。あと、世界中から集まったICYEボランティアの友達をこの1年で得ることができました。一番仲の良いスペインの子とは、一緒に

彼女の帰省に着いていきスペインに2週間滞在したり、彼女のボランティア先に行ったり、ラップランドに行ったりたくさん思い出を作りました。フィンランドの人の自然を楽しむという精神もホストファミリーに影響されて身につきました。家族と湖に行ったり、森林浴に行ったり、ベリー摘みキノコ摘みをして、森から採れた食材で料理をするのは素敵な生活だなと思います。

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10. 日本に戻って来て、“逆カルチャーショック”(日本の文化に驚いたこと)を感じたところはありますか?

プラスな面だと、何でもあるところ、時間に正確なところ、食のレパートリーの多さと安さ。マイナスな面だと、人々の無関心さ、広告の多さ、人の多さです。

 

 

11. プログラムに参加する前と後で、自分自身が変わったなと思うところはありますか?

日本に帰って来て知り合いからは変わらないねと言われましたが、自分では前よりもっと自由に物事を考えられるようになったかなと思います。自分が持っていたステレオタイプなどは出来るだけ排除して、素直に物事を感じたいと思うようになりました。勉強すること、知ることも前よりも好きになりました。知らなかったことを勉強して自分の知識にすることに楽しさを覚えました。これはフィンランドで出会った他のボランティアと話したり、ホストファミリーや知り合いの方と話していったりする中で得た物です。日本から出て、自分とは違う環境で過ごしてきた人達と話すことの大切さを感じました。

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12. まとめ。これから行く人へのメッセージも是非お願いします!

日本に帰ってくると日本の生活に順応するので、あのフィンランドでの1年間が夢のように思います。大学4年生で行くと就活大変じゃないとかなんでその時期にわざわざ行ったのとか言われたりもしましたが、私はこのタイミングで行ったことに後悔はしていません。いつでも自分がしたいと思ったことに一直線に向かい、周りの人に助けて貰いながらやるのが私だなと思いました。この1年間本当に周りの人に支えられてきたなと感じます。これからも支えてくれた人に感謝の気持ちを伝えていきたいです。これから行く人に伝えたいことは、何でも挑戦してみて欲しいということです。自分から動き出せば何かが変わると思います。臆病にならず様々なことを積極的にやったら自分でボランティア生活をより良いものに出来ると思います。是非楽しんでください!

 

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