【帰国報告モザンビーク】

【帰国報告モザンビーク】

学習院大学 龍之介

孤児院兼教育施設/1ヶ月

「僕と22人の弟たち」

  1. なぜその国を選びましたか?

もともと高校でドイツに留学した後、もっと自分の見たことのない世界を見てみたい、とずっと思っていました。そんな時に前にアフリカに行った辻旺一郎さんや、石崎陸さんの話を聞いて、やはりアフリカの人たちは僕たちと「生きる」ということについて考え方が異なり、また彼らのそれは本当に素敵なものなのだと気づかされました。例えば辻さんの話の中で、ある日のこと辻さんが友人と話している時、その友人が辻さんに、今日何があったか聞いたところ、辻さんは「何もなかった」と答えたのですが、その友人が「何もないなんてことはない、だって君が元気に今生きているのだから。それが一番だ。」と言ってくれたという話がありました。そんな話を聞いているうちにいてもたってもいられなくなりました。そして行くことを決め、国は行くならあまりみんなが行かないところにしたいということで、モザンビークに決めました。

 

  1. どこの地域でどんな活動をしましたか?

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モザンビークの首都マプトのマトラという地域のNazi-Naziという場所にある、Remarという孤児院兼教育施設にて、22人の男の子たちと毎日とにかく遊んだりいろんなプロジェクトを遂行したりしました。基本的には毎週月~金の朝9時~15時まで、プロジェクト先で活動をするという決まりでしたが、だいたい毎日16、17時までいたり、土曜日にも顔を出したりしました。そこでは子どもたちと共に、折り紙などの日本の遊びを伝えることはもちろん、サッカーをしたり、落ちているものをみんなで一緒に拾ってそれらで工夫して遊びを考えたりしました。またゴミ拾い大会を開催したりもしました。

 

  1. 他のボランティアメンバーはどんな人がいましたか?

ドイツからのボランティアの人が10人ほど来ていました。そしてそのうちの一人が同じホストファミリーの家に泊まりました。

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  1. 実際に行ってみてどうでしたか?

ほんとに貴重な経験になりました。想像していた国の風景と違って、みんなスマホを持っているけどシャワーは水を汲んできて入ったり、なんだか不思議な空間だなと思いました。でもその中で、僕の事を「Irmao Ryu!!」と日本では見られないような満面の笑みで呼ぶ子供たちの事、ご飯を一粒も残さず、鶏は足まで食べる人たちの事、トタン屋根の家に住んでいても毎日何かしら自慢してくるおじさんの事、などなど、、絶対に忘れられない経験になったし、また、自分はなんて人として未熟だったんだ、と本気で思いました。

 

  1. いちばん感動したこと、いちばん悲しかったことは何ですか?

たくさんありすぎて迷いますが、一つ選びます。それはいつも自分勝手で、素直すぎて、人のいいところも悪いところも全部正直に言っちゃうプロジェクト先の子どもたちとのことです。最初はすぐ喧嘩したり、すぐ怪我したり、問題児が多すぎて「あーもう!」ってなることも多々ありました。でも時々みんなが見せるほんとにかわいい笑顔に癒されながら頑張っていたところ、ある日みんなにクッキーが配られる日があって、もちろんみんな大喜びでした。でもその時、自分のものを絶対人になんてあげたくないような子たちだと思っていたのに、みんなはクッキーを持っていない俺に「持ってないの?俺のあげるよ!」って言ってたくさんくれたのです。もちろん僕はクッキーがほんとに欲しかったわけではないけど、その時のみんなの心のきれいさと、困っている人を助けたいという素敵な考え方が表れていて、すごく感動してその場でちょっと泣いてしまいました。(笑)

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  1. トラブルはありましたか?どうやって解決しましたか?

到着した初日の事ですが、現地ICYEと合流後、ホストファミリーと合流してからもう一度現地ICYEの人と、ほかのボランティアの人たちと飲み屋に行くことになりました。しかし、まだ右も左もわからなかった僕を、最後ホストファミリーのところまで送ってくれる子と一つトラブルがありました。町にはChapaと呼ばれるタクシーのようなバスが走っていて、僕はてっきり日本のタクシーと同じ要領で動いていると過信してしまい、時間についてあまり気にしていなくて、その担当してくれていた子も気にしていませんでした。しかし、まさか帰る頃、23時ごろにそのChapaが無くなるなんて考えていなかったのですが、そのまさかでした。結局歩いて帰って、変な人に絡まれたり、1時半に家についたり、大変でした。さらにホストファミリーにも初日から心配かけてしまいました。でもこの経験から、何事も過信するのはよくないし、ちゃんと質問して確実にすることが大事だということと、モザンビークの人々はとんでもなく時間にルーズだということを学びました。

 

  1. インターネット環境、携帯電話などはどうしていましたか?

現地でVodacomという会社のSimカードを買って、自分の日本で使っている携帯に差し込んで使っていました。

 

8. お休みの日や時間のある時は何をしていましたか?

家事を手伝ったり、街に出てみてぶらぶらしてみたり買い物してみたり、プロジェクト先の弟たちに会いに行ったり、ホストファミリーにポルトガル語を習ったりしていました。

 

  1. 現地のICYEスタッフはどんな感じでしたか?

日本語は話せませんでしたが、英語は堪能でした。かなり時間にルーズで、到着した当日の迎えがなかなか来なかったりで大変な時もありましたが、とても優しく、モザンビークについて、モザンビークの歴史についてなどたくさんの事を教えてくれて、とても助かりました。

 

  1. 行く前と、帰ってきた今とで何が変わりましたか?

まず、自分の今まで思っていた「幸せ」の考え方が変わりました。今まで自分は、お金があって、仕事があって、寒いときには暖房、暑いときにはクーラーがあって、つまりは表面的に経済面で余裕のある生活を送ることが、幸せなんだと自然と思っていました。でも、現地でのプロジェクト先で、子どもたちと遊び道具も何もないところから一緒に遊びを考えて久々に少年のころに戻れて本当に楽しかったこと、そして今日は夜ご飯に玉ねぎを食べるんだ!と自慢してきたおじさんと出会ったことから僕は、今まで生きてきて思っていた「幸せ」ってほんとは違い、目の前に大好きな人がいる、食べるご飯がある、元気に遊べる、それが本当に幸せなことなんだと、心から思いました。また、一つ印象に残っていることは、Chapaに乗っていた時、だいたい同じChapa(30年落ちのトヨタのハイエース)に20人ほど乗っているのですが、もちろんいつ壊れるかわからず、実際に壊れてしまい、とっさに乗っていた人たちで一緒に直してしまい、みんなで笑えた時です。日本で、今まで生きてきた環境の中でこんな素敵な瞬間に出会えただろうか、そう思った時には、またちょっと涙ぐんでいました。(笑)

 

  1. まとめ

まず今回のプログラムに参加するにあたって、背中を押してくれた今まで行ってきた人たち、両親、ヒッポのみんなやスタッフの皆さん、又吉さんをはじめICYEの皆さんがいなければ、僕はモザンビークへ行けなかったと思います。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。自分は、モザンビークに行って、「人とちゃんと向き合う」ことの大切さに触れました。今では「弟」と呼んでいるRemarでのプロジェクトで一緒だった男の子たち、最初は何も遊び道具がない中でとにかく毎日遊んでやってくれ、と言われた時には気が遠くなり、さらには問題児だし正直最初はみんな同じ見た目に見えてしまって、名前を覚えるのすら難しくてどうしよう、と悩みました。でもそんなことは、弟たちが吹っ飛ばしてくれました。ある日、サッカーをし終わってしまってこの後どうしよう、と思った瞬間、その辺の石を拾って僕と銃撃戦を始めた子どもたちを見て、そんな難しく考えなくていいのだと気づかされました。その後からまず、その子たちの事をよく見るようになり、次第にそれぞれの人柄もわかってきて、そうすると自然と全員の名前も簡単に覚えられて、そうすると一緒に何しよう、がたくさんあふれてきました。この経験から、目の前の人とちゃんと向き合うことの大切さと、楽しさに気づきました。だから今では、新たな世界に飛び込んで、新たな人たちと出会うことがすごく楽しみな自分がいます。この夏を1カ月使って、遠くモザンビークにて家族を作り、22人の弟が出来て帰ってこられたこと、本当にうれしく、自分を幸せ者だと思います。ありがとうございました。

 

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