50年続くもの

50年続くもの

みなさん、良い週末を過ごされましたか?最近いきなり暑いですね。さっきセミの鳴き声が聞こえる…?と思ったら、幻聴でした。暑さのせいでしょうか。こわいですね。

暑い日が続いています

さて、週末の話題で私が一番印象に残ったことは、桂歌丸さんが笑点の司会を引退されたこと。毎週欠かさず見てます、というわけではないのですが、笑点を見ればいつも必ずいた歌丸さんがいなくなってしまうのは、やはりさみしいものです。

個人的には子どもの頃の方が見ていたので、司会は(5代目の)圓楽さん、オレンジ色の着物といったら、こん平さんのイメージがあるのですが、見ていないと言いつつ、歌丸さんはもう回答者というよりは司会だし、今はたい平さんがオレンジ色の着物を着ていても違和感ないし、新メンバー(と言っても10年前ですが)昇太さんの“結婚できないキャラ”も知ってるし…と「なぜか知っている」という状況に、改めて笑点ってすごいなぁと思いました。先々週の50周年スペシャルも、先週の歌丸さんラスト大喜利スペシャルも見たのですが、久しぶりに見てみると、やっぱり笑点って面白いですね!声出して笑ってました^^ そして、小遊三さんの“泥棒キャラ”や、円楽さんの“腹黒毒舌キャラ” vs 歌丸さんの“死にぞこないキャラ(?)”など、ずーーーっと前から毎度おなじみ、でも何回見ても笑っちゃうネタの数々、偉大としか言いようがありません。それだけ笑点は私たちの『日常』なんですね。

陽はまたのぼる…

歌丸さんの笑点司会者勇退の前は、いろいろな番組に笑点メンバーがゲストで出ていたり、取材を受けたりしているのを見ましたが、すごいなぁと思ったのが、やっぱり歌丸さんです。数年前、肺を患い、入退院を繰り返していた歌丸さん。「落語家は引退しようか…」と思い、奥様に相談したところ、返事は「構わないけど、(引退した後は)何するの」。この言葉を聞いて、生涯落語家でいよう、という気持ちに目覚めたそうで、「一番の望みは、目をつむるまで落語をすること」と話されていました。「そんで円楽を連れて天国に行きます」とオチまでつけていた歌丸さん、カッコよすぎです…!!

50年一つのことをする、というのはどういうことなのでしょう。徹子の部屋(1976年2月放送開始)で40年、ゴルゴ13(1968年11月連載開始)でも48年(この2つも十分スゴイですが…)なので、それ以上ずっと続けているということになります。私には想像もつきません。ちなみに歌丸さんは笑点歴は50年ですが、噺家になったのは65年前だそうです。

 

私の身近にも50年以上続いているものがあるのですが、それは…そうです、ICYEなんです!ICYE連盟は1949年に、そしてICYEジャパンは1958年に設立しました。もちろん、連盟も、ICYEジャパンも、一人の人がずっと続けてきたわけではありません。いろんな人がバトンを繋いで、今日のICYEがあります。そう考えると自分の仕事により責任が増す気がしますね。ICYEジャパンも創立60年(2018年)そして100年(2058年!)を目指していきたいです!

 

歌丸さんから笑点の司会というバトンを受け取った昇太さん、どんな司会か楽しみですね!そして新しいメンバーも楽しみです!!

日曜の夕方は笑点

50年続いてきたICYEのプログラム。ぜひ体験談をチェックしてみてください!

長期プログラムはこちら、短期プログラムはこちら

 

by 座布団は運ばない(笑)、やまだ

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